一年の計は元旦にアリ。 さぁ今年こそは良い年にするぞー!と清清しい気持ちで迎えた元旦に、ある初老の男性から印刷文字の変な年賀状が届いた。
『昨年長く続けた会社をたたみ、海のそばに小さな古い家を買い、夫婦二人で暮らしています。時々浜に出て小船を操り趣味の釣りをするのが楽しみです』
えっ?と思った。 知らなければ何とも思わないかもしれない。 老夫婦が余生を楽しむために海辺に小さな家を買う。 耳を澄ませば遠くに聞こえる波の音。 ザワワワー、ザワワワー 「妻よ。天気が良いから俺はちょいと今夜のおかずを釣ってくるよ」 「はいあなた。気をつけて。お魚楽しみにしているわ♪」 こんなのんびりした光景が目に浮かぶではないか。 だが違うのだ。彼の買った家は海の側ではない。どちらかと言えば山だ。山の中腹の新興住宅地なのだ。木造モルタルスレート葺の2階建て。時々釣りに出かけるのは本当で小船も所有してはいるが、彼の言う“浜”までは車で数十分はかかる。先ほどの再現ドラマとは程遠いのだ。
なぜそんな虚構を並べて大げさに印刷までし、大勢の知り合いに郵送してしまったのか、訊ねる勇気も無いが、でも私は彼の人格を知っているから何となく想像できる。たぶん「悠々自適★心豊かに生きる老後」という人生ドラマを演出したかったのだろう。
彼は遠い地方で暮らす娘に時々福山通運でダンボール箱を送る。中身は近所のスーパーに売っている黒ずんだバナナや缶詰。 実はこれも演出だ。彼の頭の中にはいつか見た映画のワンシーンが浮かんでいる ―---------
6畳一間のオンボロアパート。 大学に通うため東京に出てきた清楚な娘がコタツの上の薄汚れたダンボール箱を丁寧に開けている。 「またおっかさんこんな物送ってきて…バカねぇ、こんなのどこにでも売っているのに…でもなんか泣けてくるわ… おっかさん元気?いつか親孝行するからね~~!」
―--------- そんなふうに娘が故郷のオヤジを思い、涙しているとでも思っているのだろうか?甘いっ!自分を守るための薄っぺらな嘘は簡単にバレる。私は彼女がこう言っているのを聞いたことがある。 「お母さんがこういうことをするのは分からないこともないけど、男がしないよね?こんなこと。これは演出よ…」
哀れな男…。
話は飛ぶが、嘘と言えば、“現代のベートーベン”の嘘もばれてしまった。ベートーベンは今やただのゲテモノ扱い。みんなの笑いものにされている。そう言えば芸術家的と思っていた彼の顔も、最近はだんだん麻原彰晃に似ているような気すらしてきた。人間なんてそんなものだ。
嘘をついていいのは、自分自身では無く、 大切な人を守る時だけなのかもしれないなと、近頃思う私です。 |
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